それまで遊び仲間のひとりだったヤツが、突然異性になってしまった瞬間があった。
小学五年の夏。
そいつの名前は安藤ちえり。
三年のときに同じクラスになってから、学校でも放課後でも、必ず遊び仲間の中にそいつはいた。
女のくせに自分のこと僕って言うし、言葉遣いも格好も全然女に見えなくて、いつも男の中に混じって遊んでた。俺も安藤も、そんなもんだと思ってた。
五年になってクラスがえがあった。クラスの女どもは、なにかというとすぐに男子を目の敵にするやつか、妙に甘ったれた声で近寄ってくるやつか、なんか印象に残らないやつか、その三種類だった。
俺は、そのどれにも属さない安藤と、今までみたいに遊びたいと思ってた。でも、だんだん周りが変わっていった。
「女なんかと遊んでんじゃねーよ」
「女のくせに僕って言うの、キモイ」
あんまり考えたことのなかった「男」「女」という分け方をみんなが意識しだした。それは周りからじわじわとやってきて、次第に五年全体を飲みこんでいく。
俺もさすがに、やっぱ女なんかと一緒に遊んでる場合じゃないよなと考えたりもした。ちょうど四年の終わり、近所の上級生に誘われてバレー部に入ったところだったし、放課後は安藤だけじゃなく、ほかの男友だちとも遊ぶ時間が減っていた。
安藤と遊ぶのを何度か断っていたある日、安藤が俺に食ってかかってきた。
「なぁ、なんで最近僕のこと避けるんだよ」
「避けてんじゃなくて、部活なんだって」
「部活部活って、そんなに毎日あるのか?」
「毎日だよ」
あーあ、こういうやり取りしてるのをまた女子に見られてるし。しかも、いちばん口やかましい岩西の目の前で。もうちょっと考えればいいのにな、安藤も。
「あやしいな」
「あやしくないって。疑うんなら見に来るか?」
これ以上、岩西たちにジロジロ見られんのもイヤだから、まだ文句言いたそうな安藤を体育館に連れて行った。
別に安藤をバレー部に誘うつもりじゃなかった。ただ、クラスの女子の前で、これ以上、ケンカみたいなの見られたくなかっただけ。
体育館の半面はミニバスが、もう半面はバレー部が使う。小学校高学年のころは平均して女子の方がデカい。だからよく練習は男女合同でやってた。当時、俺の身長は155センチ、安藤も同じくらいだったと思う。
最初はコートの隅で見学してた安藤に、声をかけたのは山岡先生。うちの学校の先生じゃないけど、部活を指導するために来てくれる先生で、すごい熱心だ。
山岡先生はしばらく安藤に壁打ちをさせて、それから今度はキャッチボールを始めた。
あーあ、山岡先生の術中にはまったな。もともと安藤はボール使った遊びが得意で、サッカーでも野球でもポートボールでも、なんでもこなせた。肩も女にしては強いと思う。まぁ、俺らとずっとボール遊びばっかしてたからなんだろう。
ボーッと安藤の方見てたら、耳元でぼそっとつぶやく低い声に驚いた。
「蔵本、お前の彼女勧誘してきたの?」
「えっ、や、違います!」
振り向いたら、もうひとりのバレー部監督、辻本先生だった。
「まー、人のこと気にしてないで自分のこと気にしようか。はい、ワンマン、蔵本から」
「えーーー」
その日、部活が終わった後、安藤が俺のところにやって来て言った。
「僕もバレー部入ろうかな」
勧誘するつもりで連れてきたんじゃなかったのにと思いつつ、でもこれで放課後一緒にいても、岩西たちに変な目で見られることも減るかなと思った。
別に安藤は嫌いじゃない。ただ、ほかの女子にひそひそ、こそこそウワサされるのが嫌いなだけだ。
次の日、安藤はバレー部員になった。
なんで女子バレー部なんだよって真顔で文句言ってた安藤に、アホかお前女だろって答えたけど、安藤は不満そうだった。どっちにしたって練習は男女混合じゃん。
安藤はメキメキ上達した。もともとこいつ、バレーの才能あったのかなって思うくらいに。俺が一か月くらい悩みまくったアタックのスリーステップも、一日でマスターしやがったのはちょっとムカついた。
教室では、なぜか女子の安藤に対する攻撃が加速していた。あいつらの標的は男子だけだと思ってたのに、なぜか女子の安藤までターゲットにしてる。
その女子軍大将は例の岩西悦子。なぜかしらんが、アイツ、俺には普通にしゃべってくるのに、安藤には遠まわしだったり直接だったりその手はいろいろで、バカにしたような態度がよく見える。女子は怖いからなんにも言わないけど、正直、ちょっとムカつく。
そこはやっぱり……友だちだし。バカにされるとやっぱイヤじゃん。
だから小心者の俺は、岩西のいない部活のときにこっそり、安藤を励ましたりする。
部活のときの安藤は、女子部にも同じクラスのやつらがいないせいもあってか、すごく楽しそうだし、バレーが好きなのがよくわかる。
安藤は入部二か月で、初めての試合に参加した。ピンチサーバーだったけど、いきなりサービスエースをとって盛り上がった。
「安藤、すげーな!」
ほめてやったのに
「僕、男子の試合に出たかった」
なんて的外れな返事をしやがる。
なんでこいつは男子の試合とか、男子にこだわるんだろう。それってやっぱり俺と一緒に試合に出たいから?
なんて考えに行きついて、顔が熱くなった。
四年までは男女関係なく普通に一緒に遊んでた。それなのに、今では周りだけがドンドン俺たちを男女で分けていく。
男女関係なく、安藤とは一緒にいて楽しいから一緒に遊んだ。女でも虫採りやサッカーを一緒にやれるやつなら友だちだっていいと思う。
でも周りはみんな、俺と安藤がお互いにお互いを好きで、ラブラブだから一緒にいたいと思ってる。実際に教室でからかうやつはみんなそう言う。
だからそのせいだ。きっとそのせいだ。バカじゃねーの? 俺。
安藤が俺のことを好きだって思うなんて。
「蔵本、なにバカヅラしてんの」
安藤の言葉に我に返った。安藤はいつもと同じ表情で笑ってるのに、なんだか恥ずかしくなって目をそらした。
俺が安藤を気にし始めた瞬間。
それから俺の中で気持ちがどんどん形を変えながら大きくなっていった。
六年になった。クラスは持ちあがりで、相変わらず女子の雰囲気は苦手だ。安藤は女子の中でだんだん浮いてきた。
自分を僕と呼んだり、自分から女子の輪に入ろうとしない安藤を集団でハブる構図に、かなりムカついてた。やっぱり……友だちだし。
前は見えないところでチクリとやってたいじめが、最近ではみんなの目の前でのいたぶりに変わってきた。
「おめーらなぁ、いいかげん集団で安藤いじめんのやめろよ! うっとーしーんだよ」
安藤、今までお前の味方になってやれなくてごめん。ずっと岩西たちのいじめを見て見ぬふりしててごめん。
罪悪感もあったし、やっぱり、友だちだし。
一瞬教室がシーンとなって、女子たちが互いに顔を見合わせてたところに
「俺も、おまえら最低だと思う」
そう声をあげたのは、四年まで俺や安藤とつるんでた貫名。それにこたえるように、ほかの男子も賛同の意見を言ってくれた。うれしかった。
正直いうと、やっぱり女子の集団は怖かった。でも、ほかの男子も味方についてくれたことに安心した。やっぱり集団対ひとりって、どう見てもおかしいし。
岩西たちはひそひそやって、安藤や俺たちの方をにらみつけながら、教室を出ていった。勝った! と思った。そのときは。
その日の部活のとき、安藤がポツリと言った。
「今日は……ありがと。でも、僕は女子にハブられても、なんともない。大丈夫だから」
その表情はホントになんでもないって感じだったけど、俺はそんなことあるかって思った。いくら安藤に男友だちがたくさんいても、修学旅行なんかは女子のグループにいるわけだし、女友だちだって絶対にいた方がいい。
そういえば、安藤って女友だちいるのかな。
それから、俺たち男子の目の前でのあからさまないじめはなくなったかのように見えた。女子だけのところでは、どんなことをされているかわからない。安藤はそのことについてはなにも話さなかったし、俺も聞かなかった。
バレーの話をすれば安藤はよろこぶし、俺も安藤の楽しそうな顔だけ見てるのが好きだった。
部活の時間は楽しかった。安藤はいいライバルだったし、仲間でもあった。
その関係がまた変わっていくときが来た。
小学校卒業。
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